2016年07月31日

熊本支援

少し前の話になりますが、5月18日から24日の7日間で
全日本民医連栄養部門での熊本支援に行ってきました。
最近では熊本のその後について、報道されることがめっきり少なくなったように感じます。
大部分の時間は職種である調理師の仕事に従事していました。


飛行機から見た益城町周辺です。ブルーシートで屋根を覆った家が多数見えました。
多くの乗客がため息をつきながら写真を撮っていたのが印象的でした。

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阿蘇くまもと空港に到着しました。急いで開港した雰囲気はありましたが、
復興に対する意気込みがしっかり伝わりました。

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集合場所のくわみず病院です。熊本県庁に近い市内中心部です。

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仕事の合間に職員の方が益城町の現状を見せてくださいました。

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益城町総合体育館です。
避難所に指定されているので炊き出しや車中泊、テント村がありました。

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熊本市内では熊本城のそばにある熊本大神宮の鳥居が
崩落注意となっていました。

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16日の本震で築城当初から残っていた重要文化財が倒壊。
社務所を押しつぶしました。

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7日間の期間、調理師として病院内で働いていたので熊本地震の報道された事を見て、
実感したくらいでした。私が見たのはほんの一部で、被害は沢山あると思いますし、
苦しんでいる方もいます。平穏な生活を取り戻すには時間がかかると思いますが、
これからも支援を継続して復興の手助けになれればと感じました。


posted by エイヨウカ at 13:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月06日

炊飯器リニューアル

炊飯器が寿命を迎え交換することになりました
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同時に回転釜を撤去し、新しく入る炊飯器を置き換えます
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病院が建設された約11年前、当時は食事を作る効率や衛生環境の改善が主で「おいしいものを時短で安全に」が目標でした。回転釜は大火力で短時間に大量の食材を一度に調理する当時の目標を叶えたマシンの一つです。

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ところが最近では私たちのスチコンの使用技術もアップして

活躍する機会がめっきり減りました。


11年間の間に病院食は刻々と変化しました。

患者一人一人の状態にあった食事を提供して早期の回復や

満足度の向上を目指し現在は調理をしています。

結果、多様なメニューや個人対応など多くなり、一度に

大量調理をすることがなくなってしまったのです。



決して回転釜に欠点があるわけではありません。

病院食を取り巻く時代の流れと川久保の食事内容の変化が

回転釜の撤去に繋がりました。




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炊飯器をその場所に設置。

増えている食数に対応するため3段に

各段で稼働する機械ですので故障した際のリスクも減ります。



元の炊飯器の場所にはいずれチルド庫が入る予定です。










posted by エイヨウカ at 18:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月11日

北海道・東北地協第7回栄養部門交流集会

栄養部門交流集会が青森県で10月7日と8日に開催されました。

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岩手からは左から瀬川と小野寺の二人が発表をおこないました。
演題は「Top of the 病院食」
栄養科の次を担う世代が、食の改善や環境の改善を提案し
の協力を受けながら次の地協までの2年間取り組んでみる内容です。
別角度からの視点でアイディアなど出してもらい「今より更に良い食事」
を目標に動き出す予定です。
posted by エイヨウカ at 15:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする